2024.11.15NEW
「メイクをばっちりすると、めっちゃやる気が出てきます」
坂本花織のやる気スイッチ
坂本花織は世界選手権3連覇をはじめ数々の輝かしい成績とともにフィギュアスケート界を牽引してきた。
高い完成度を誇る技術に加え、幅広いジャンルの音楽を用いながら、いつもその世界を豊かに表すプログラムで観客を魅了する。ジャンプをはじめとする技、観客を引き込む表現力、その両面を併せ持つ競技であるところがフィギュアスケートの魅力であるが、いずれの面でも秀でたスケーターであることを示してきた。
表現は、衣装やメイクも一体となって伝えられる。世界のトップスケーターとして活躍する中で、メイクへの取り組みも進化したと言う。
「幼いころは無頓着だったですね。リップを塗り忘れたりすることとかありましたし、『ハイライトとかノーズシャドウってなんやねん』っていう感じでした」
*日本スケート連盟が主催する「2024/2025フィギュアスケート記者会見」用のヘアメイク中にインタビューを行った
より意識してメイクに取り組むようになったのは、日本スケート連盟を通じて、コーセーのサポートを本格的に受けるようになってからだった。
「一昨年くらいに、メイクアップアーティストの石井勲さんのアドバイスを受けるようになってから心がけるようになりました。自分の映像を観たときに、昔と比べると、だんだんメイクもよくなってきたなと思います」
手元にはメイクの描かれたイラストとパーツごとに詳細な説明の文字の書かれた2枚の紙がある。今シーズンのショートプログラム、フリー双方のメイクのデザインだと言う。
「いつも、『こういう感じの衣装で、こういう曲のプログラムです』というのをお伝えして、メイクをデザインしてもらっています。それをもとにしながら家でメイクの練習をします。自撮りをしてLINEで練習の途中経過についてやりとりしながら、『もっとアイラインを太く、長く』とか、『もうちょっとアイシャドウのせて』とか細かいアドバイスを都度いただきながら取り組んで、試合のときには自分でメイクできるようにしています」
「ふだんはメイクしない」、と坂本は笑う。だから試合のときにメイクすることでより意識も変わる。
「公式練習では衣装を着て本番さながらに滑りますが、眉毛を描いたりリップくらいしかしていないです。その公式練習の映像を観ると、ただ衣装だけを着ている印象になりますが、試合本番でメイクをばっちりすると、『完成した』という感覚が湧き上がって、めっちゃやる気が出てきます。衣装だけじゃ演技は完成しないんだな、って最近はすごく思います」
メイクは魅せるものでありながら、自分の意識を変えるものでもあると考える。だからメイクを「スイッチのようなもの」と表し、大切にしている。
「以前はメイクにかける時間が短かったんですけれど、最近は時間をかけて丁寧にやっています」
メイクも含め、隅々まで自身の成長を意識してきたからこそ残すことができた成績がある。とりわけ世界選手権3連覇を成し遂げたのをはじめ、夏場の国内のローカル大会を除き出場した大会すべてで優勝した昨シーズンは手ごたえのあった1年だった。
「昨シーズンはとにかく練習が楽しくて、日々成長している実感を感じられたので、それがすごいよかったなって今でも思っています。自分にとって、互いに高め合える選手が近くにたくさんいるというのはほんとうに大切だなって思いました」
充実したシーズンを過ごし、新たなシーズンを迎えた。
それはミラノでの世界大会を翌シーズンに控えたプレシーズンでもある。坂本は単なる1シーズンとは捉えていない。
「今季と来季、2季計画で行きたいと思っています。前半にあたる今シーズンは、とにかく来シーズンにつながるよう、自信を持って挑める試合を増やして、ちょっとでも来シーズンに『自分はこれだけできる』と自信を持って臨めるようにしたいです。来シーズンになったら、『スケート最高!』みたいな、緊張もありつつ、でも楽しいと思えるようなスケートをしたいと思っていて、自分のマックスの力を発揮できるように自信をつけて、全部出し切れたらいいなと思います」
そんな思いも込める今シーズンもまた、ショートプログラムは『ピアソラ』、フリーは『シカゴ』と、2つの意欲的なプログラムを携えてシーズンに臨んでいる。
「ショートはタンゴです。タンゴと言いつつ、ちょっとオリジナリティあるタンゴなので、自分らしさを残しつつ、かっこいいイメージを出していきたいと思っています。フリーは大人っぽい曲ですけれど、昨シーズンとはひと味違った大人っぽさで、ほんとうに『魅せる』ことが大事になってきます。より魅せるところに力を入れてやっていきたいと思っています」
あらためて、長年打ち込んできたフィギュアスケートの魅力をこう語る。
「スケートは芸術だけど、スポーツでもあるので、観てうっとりするというのもそうですし、それ以上に勝負があります。観ている側もハラハラドキドキするし、いろいろな感情を持って観ることができる競技だと思います」
そして言葉を続けた。
「昔はジャンプがメインみたいな演技だったんですけど、シニアに上がっていろいろな経験を積んだことで、演技の密度が濃くなってきたと感じています。もう昔とは違うぞっていう姿を観ていただきたいと思います」
魅せることも大きな柱としてある競技に生きてきた。その中にあって、メイクも含め細部にわたり磨いてきて世界チャンピオンになった今、自身の成長をたしかに感じ取るからこその言葉だった。
より成長を志す意思に変わりはない。プログラムの中で世界を豊かに描き出す表現力を身に着けるに至った、これまでの歩みを止めることなく、坂本花織はさらなる高みを目指し、今シーズンも進んでいく。
早稲田大学を卒業後、出版社勤務を経て「Number」の編集に10年携わりフリーに。スポーツでは五輪競技を中心に取材活動を続け、夏季は2004年アテネ、'08年北京、'12年ロンドン、'16年リオデジャネイロ、冬季は'02年ソルトレイクシティ、'06年トリノ、 '10年バンクーバー、'14年ソチ、'18年平昌と現地で取材にあたる。著書に『高齢者は社会資源だ』(ハリウコミュニケーションズ)『フライングガールズ−高梨沙羅と女子ジャンプの挑戦−』(文藝春秋)、『メダリストに学ぶ 前人未到の結果を出す力』(クロスメディア・パブリッシング)など。
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