2026.06.03NEW
全部はできないからこそ。有村智恵が見つけた「今の戦い方」
●ゴルフスポーツビューティ事務局
子どもを産んで、競技に戻る。
言葉にすれば短いが、その間に起きる変化は、ひとことで説明できるものではない。
有村智恵が語ったのは、いわゆる“復帰ストーリー”のきれいな成功談ではなかった。
むしろそこにあったのは、以前と同じようにはできない現実と、その中で自分なりの戦い方を探していく時間だった。
「弱さより硬さでしたね」
産後の身体の変化についてそう口にしたとき、有村の言葉はとても具体的だった。筋力が落ちたとか、動けなくなったとか、そういう単純な話ではない。妊娠中から続く背中まわりや首、肩の硬さ。さらに産後は子どもを抱っこする時間が増え、その部分はほぐしてもまた固まる。その繰り返しが、今も続いているという。ゴルフは、身体のわずかな違和感がそのままプレーに表れる競技だ。だからこそ、その“硬さ”は有村にとって小さくない課題だった。
有村が今回のインタビューで何度か口にしたのは、「以前と同じでは難しい」という感覚だった。ただ、それは単純に身体能力が変わったという意味ではない。
「ゴルフと向き合える時間、体と向き合える時間っていうのが、もう10分の1ぐらいになってしまってるので」
この言葉が、その変化の本質をよく表している。かつては、自分の身体に100パーセント集中できた。疲れ、張り、違和感――そうした小さなサインを敏感に察知し、怪我をする前に手を打つことができた。だが今は、少し時間ができて練習へ行っても、自宅に戻ればすぐ子育てをする。自分の不調に意識を向ける余白が、圧倒的に少なくなった。
「今までだったら敏感に怪我の一歩手前で防げてたものが、結構しっかりした怪我だったり、体調を崩さないと気づかない。私ってそんな弱ってたんだ、みたいなことが気づけなくなった」
この“気づけなくなった”という言葉には、単なる産後の変化以上のリアリティがある。身体そのものの問題というより、生活の構造が変わったことで、身体との向き合い方も変えざるを得なくなった。競技復帰を考えたとき、有村が難しさを感じたのはまさにそこだったのだろう。
もちろん、数字で見える変化もある。飛距離は以前より落ちた。ただ、有村はそこも過度に悲観的には捉えていなかった。
「飛距離は、すごく飛ばなくなったっていうよりかは、回数を重ねていって、ある程度トレーニングとかできれば、5パーセント減ぐらいですね」
極端に失ったわけではない。けれど、以前と同じ条件で戦えるわけでもない。だからこそ、必要になるのは“戻すこと”ではなく、“今の条件でどう戦うか”という発想になる。
その変化は、ゴルフに向かう気持ちの整理にも表れている。今、ツアーの第一線で戦う選手たちを見れば、簡単な勝負ではないことは分かっている。以前のように、周囲との比較をそのままモチベーションに変えるのは難しい。そうした現実を、有村は淡々と受け止めていた。だからこそ今は、基準の置き方を変えている。
「今このコースで自分ができることを精一杯やって、全部 いい感触で打てたらどれぐらいのスコアが出せるんだろうかって考えるんです」
対人ではなく、自分の精一杯にフォーカスする。かつては、優勝する選手と自分を比べながら、「何が足りないのか」を探していた。だが今は、今の自分ができることに、より意識を向けているという。
「今の自分ができることに、よりフォーカスしているなっていう印象です」
この変化は、後ろ向きなものではない。むしろ、有村が自分の現在地を正確に見つめたうえで、競技との距離を測り直していることの表れだ。
話を聞いていると、競技を続ける理由そのものについても、きれいに整理しきれているわけではないことが伝わってきた。
「辞めるっていう決断ができないのが一番大きいかな」
少し笑いながら口にした言葉だったが、その内側には複雑な思いがある。ゴルフから完全に離れることへの寂しさ。子どもたちが保育園に通い、支えてくれる人たちがいて、今だからこそ挑戦できる部分もあるという感覚。一方で、続けることにも葛藤はある。
「『やる』『やらない』どっちにしても、明確な理由があったらもっとスッキリするのになって思うんですけど。そこはずっと葛藤してますね」
この“言い切れなさ”こそ、今回の有村の言葉の価値なのだと思う。競技を続ける理由を、いつも明快に言葉にできるとは限らない。それでもなお、コースに立ち、自分の答えを探し続ける。その姿にこそ、今の有村智恵のリアルがある。
ただ、変わったのは失ったものだけではない。有村は、以前と違う形でゴルフと向き合う時間の中に、新しい武器も見つけ始めている。クラブを握る時間は短くなった。だがその代わりに、番組出演などを通して練習以外の形でゴルフに触れ、情報を得て、考える時間が増えたという。
「ただクラブを握って一心不乱に振ってた時代と違って、今は情報をたくさん得て、練習以外の違うところでゴルフの勉強をして、それを活かすっていうこともできています」
この言葉は印象的だった。以前のように、量を 積み重ねることはできない。万全の状態でいられない日も増える。だからこそ、知識や経験値をどうプレーに落とし込むかが、今の有村の戦い方になる。
「知識とか経験値をどうやったらより活かせるかを考えることが、今の私の戦い方かなと思います」
ゴルフという競技を、ただ“やる”だけではなく、より深く理解し、言葉にし、別の角度から見つめる。その積み重ねが、プレーにも少しずつ還元されている。それは、以前の有村にはなかった種類の強さかもしれない。
もともと、有村はゴルフを追求すること自体が好きな選手だ。さまざまな正解があり、人によって答えが違う。その奥深さを考え、共有し、試してみることに魅力を感じてきた。
「ゴルフにはいろんな正解があって、人によって全然違うので。それがまた面白いし、そこを共有して喋って試して、ああでもないこうでもないってやるのが、やっぱりすごく好きなんです」
この“好き”が、今の有村を支えている。以前と同じ形ではなくても、ゴルフとの関わり方を更新しながら、競技とつながり続けている。
そんな有村にとって、美容やスキンケアもまた、単なる見た目の話ではない。
そこには、自分自身のモチベーションを保つ意味もあれば、表に立つ人間としての意識もある。
「私、美容はやっぱりすごくモチベーションになっているなと思いますね」
もともとは、そこまで頓着するタイプではなかったという。だが、コーセーとの出会いを通じて商品に触れ、興味を持ち始めたことで、自分を整えることが日々の意欲につながっていった。
「表に出る仕事をさせていただくので、より意識はしやすい部分があります。常に意欲的に自分が何かやることの大部分に、美容があるなって思う」
この言葉には、競技者としてだけでなく、プロとして“見せる”意識もにじんでいる。
子どもたちと撮った写真に写る自分を見て、もう少しこうありたいと思うこともある。見た目だけがすべてではないと分かっていても、自分自身が納得できる状態でいたい。その気持ちは、ごく自然なものだろう。
さらに有村は、それを個人の問題だけではなく、ゴルフという競技の魅力を伝えることにもつなげている。
「『プロゴルファーとしてゴルフというものを世間の方々にもっと好きになってもらいたい』っていう思いが、すごく強くあるんです。ゴルフって魅力的なスポーツだって思ってもらえるように、その中のひとつとして自分自身が美容を意識しておきたいなって思います」
整えることは、今の有村にとって、試合のためだけではない。
自分の気持ちを前に向けるためでもあり、競技の魅力を届けるためでもあり、今の自分を形づくる大切な一部になっている。
最後に、応援してくれるファンへ向けて、有村はこんなふうに語った。
「よりゴルフの奥深さを追求することによって、自分の人生もすごく奥深くなっていってる部分を感じているんです。そういうことを一緒に知ってもらったり、楽しんでもらえるといいのかなって思います」
全部はできない。以前と同じようにもいかない。それでも、その中で何ができるかを考え、知識と経験を武器にしながら、自分なりの答えを探していく。
有村智恵は今、前の自分に戻ろうとしているのではない。変化した条件の中で、あらためて“今の戦い方”を見つけようとしている。その姿は、競技の世界にいる人だけでなく、限られた時間や環境の中で自分なりの答えを探している多くの人にも、静かに響くはずだ。
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