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“誰かの人生を変えるきっかけであれたら”<br>ブレイキンの神様に愛されるShigekixが歩む創造の旅

2024.02.13(最終更新日:2024.02.15)

ブレイキン

“誰かの人生を変えるきっかけであれたら”
ブレイキンの神様に愛されるShigekixが歩む創造の旅

雨宮圭吾

「こんなに毎日体を動かす職業につくとは思ってませんでした」
 
 少年時代を思い返すと、Shigekix(シゲキックス、半井重幸)には今の自分が少し不思議に思えてくる。
 
 ダンスを始める前から絵を描くのが好きな子どもだった。運動も好きだったから必ずしもインドアなタイプ、というわけではなかったが、小学校の休み時間にサッカーに誘われたとしても、教室に残って絵を描いたり、友達と工作している方が性に合っていたという。

「それが気づいたら毎日めちゃくちゃ汗かいて体動かしてるやん!みたいな感じですね(笑)」

ブレイキンに出会ったのは7歳の頃。現在は同じブレイクダンサーとして活躍する姉AYANEの影響だった。そこから少年の世界は外に向かって大きく広がっていった。
 
 小学生のうちからメキメキと頭角を現し、2018年にブエノスアイレスで行われたユースの世界大会で銅メダル。2020年にはブレイキンの最高峰イベント『Red Bull BC One World Final』を制した。18歳での優勝は大会史上最年少記録だった。
 
 昨年10月のアジア大会では、決勝で韓国の強豪Hong10を破り、今夏のパリ行きのチケットをいち早く勝ち取っている。
 
 そうやって日本を代表するダンサーの地位を揺るぎないものにした今もShigekixは絵を描き続けている。油彩などのペイントだけでなく、履きつぶしたスニーカーを使った造形的な作品を作ることもある。

photograph by 松本輝一(Kiichi Matsumoto)

絵を描くこととブレイキンに共通する感覚。「ずっと飲まず食わずでもできるくらい子どもの時から好きでやってきた」

描くことと踊ること——。

彼にとってそこには相通じるものがあるという。

「0から1を生み出す作業ですね。とにかく自分が追い求めるものを可能な限り形にしたい。絵を描くことにもゴールはなくて、これで終わりだと自分が納得いくまで何時間だって何十時間だって、ずっと飲まず食わずでもできるくらい子どもの時から集中して好きでやっていました。その感覚はブレイキンでもすごくあるんです。なんか一見、相反する職業に辿りついたのかなと思いきや、その根っこにある本質、真髄は同じでした」

1970年代にニューヨークのブロンクスで誕生したブレイキンは、ラップ、DJ、グラフィティと並んでヒップホップ四大要素のひとつとされる。それゆえに豊かな文化として育まれてきたものであり、アートフォームであるとも言われる。

Shigekixもまた自らの理想、美しさを求めるダンサーであり、アーティストであるという自覚がある。

「ブレイキンにはこれという正解、全員にとって同じ正解がありません。僕は僕なりの正解を常に追い求めていますし、だからといってそれが他の人の正解とは限らない。みんなが自分軸でやっていて、その個性の豊かさ、表現の自由さにアート性を強く感じますね」

photograph by 松本輝一(Kiichi Matsumoto)
photograph by 松本輝一(Kiichi Matsumoto)

人と対峙することがきっかけで向き合う。自分自身の唯一無二をどう構築していくか。

1vs1のバトル形式では、DJが流す曲に対して即興で相手と交互に踊る。それを複数のジャッジが勝ち負けの判定をつける。優劣を区別し、順位をつけるためのルールは、アートというより極めてスポーツ的、競技的なやり方にも思えるが、そうではないのだとShigekixは首を横に振った。

「確かに誰かと比べるやり方だと、正解があった上でどっちが正解に近いかを競うものという印象を抱くかもしれません。でもブレイキンにとってのバトルはそういうものではない。どれだけ自分を全開でぶつけられるか。その場の化学反応の中でどういう結果に至るか。そのすべてがドラマなんです」
 
 ダンサー同士、じゃんけんやカードゲームの属性のように相性があり、ジャッジの基準も大会や各人によって振れ幅がある。もちろんDJがかける曲によっても結果は大きく変わってくるだろう。
 
 たとえ勝ったとしてもすべてが正解ではなく、負けたとしてもすべてが間違いではない。それこそがブレイキンのバトルなのだ。
 
 バトル中、さまざまなジェスチャーを駆使して、相手を煽るのも常套手段。同じムーブを何回やってるんだ? 今のは失敗じゃないのか?  ただし、そんな時もShigekixはその向こう側に自分の姿を見ているという。

「結局、人と対峙することがきっかけで自分と向き合うんです。相手と同じことをしていてもしょうがない。じゃあ、どういうふうに戦うのか。自分自身の唯一無二をどう構築していくのかってことを考えます」

photograph by 松本輝一(Kiichi Matsumoto)

Shigekixの日常はその唯一無二を創り出す源泉を探す旅でもあるのかもしれない。
 
 ブレイキンのイベントがあればできる限り現場に足を運び、参加者のダンスを見つめ、何かを感じ取る。キッズたちとも気兼ねなく触れ合い、その交流から新しい学びを得る。海外遠征に出ればその地の美術館などに足を運び、世界中のアート作品からインスピレーションを受けてきた。
 
 スケートボードなどの会場に出かけることもあるし、最近では他競技のアスリートとの対談取材などにも積極的に応じている。

「スポーツの専門的なことはわからないので、こういう記録がすごいとニュースで伝えていてもあまり実感は湧きません。ただ、その人が周りに与えるエネルギーみたいなものは意識して見ています。その業界の顔になる人、時代を担う人の覚悟というのは気になるし、見ていて面白いです」
 
 そう語るShigekixもまたブレイキンの未来を背負って立つ「覚悟」を持っているのだろう。

「スキンケアはほぼ趣味です(笑)」

2022年にはダンスのプロリーグ「D.LEAGUE」に唯一のブレイキンチームである「KOSÉ 8ROCKS(コーセーエイトロックス)」のSPダンサー※として参加した。1vs1のバトルではなく、各チーム8名のスターティングメンバーで用意した踊りを披露して競い合うリーグ戦方式。普段とは違う舞台での戦いに新しい発見があった。

「いつものバトルとは空気感も戦い方も全然違いました。土俵が変わると、映える動きもまったく違うのが面白かった。ダンスの奥深さ、難しさも感じられたいい経験でした。それに何より、ともにブレイキンシーンを盛り上げていきたいと思っているメンバーと参戦できたことが嬉しかったです」

インスピレーションの源は至るところに転がっていて、すべてはダンスに繋がっていく。それを拾い上げる感性を鈍らせないためにも心身の充実は不可欠になる。

Shigekixが食事や睡眠と同じように大事にしているのがスキンケア。移動の車の中には雪肌精の化粧水と乳液、クリームの入ったポーチを常備していて練習で汗をかいたときにもすぐにリカバリーする。夜にはDECORTÉ(コスメデコルテ)のナイトクリームをつけて眠りにつくのが日課になっているという。

「スキンケアはほぼ趣味です(笑)。食事でクリーンなものを摂るのは体作りの大前提としてあるんですけど、フィジカル的に追い込む時期があったり、大会が近づくとさまざまなストレスも感じます。その中でいい肌の状態で当日を迎えられたら気分が良くなりますよね」

※シーズンを通じて出演するレギュラーダンサーに対して、期間限定で出演するダンサーのこと

photograph by 松本輝一(Kiichi Matsumoto)
photograph by 松本輝一(Kiichi Matsumoto)

「答えもなければゴールもない。それが楽しい」永遠に続く創造の旅。

2024年はここからいくつかの大会を経て、夏にはのべ30億人が視聴するという巨大スポーツイベントが待っている。

それだけ多くの人に自分の“作品”を見てもらえるというのは、アーティストにとってまたとない喜び。Shigekixの表情には緊張感よりも笑顔が溢れる。

「ブレイキンを好きだと思ってくれる人が、この地球上に一人でも増えることが嬉しい。自分がブレイキンに出会ったことによって人生が変わったのと同じように、誰かの人生をブレイキンが変えるかもしれない。そのきっかけを与えるのが僕であったら、なお嬉しいですね。その可能性を常に追い求めています」
 
 そして、0から1を生み出す作業はその先まで続いていく。

「いまだに自分の踊りは完成していないですし、この旅は終わらないだろうなと思います。答えもなければゴールもない。それが楽しいんです。創造するってことは何歳になっても楽しめるものなので、それはたぶん永遠に続きますね」
 
 創造の旅は終わらない——。夢中で絵を描き続ける童心のままに、今日もShigekixは踊り続けている。

photograph by 松本輝一(Kiichi Matsumoto)

TEXT BY

1979年、東京都生まれ。2002年にスポーツニッポン新聞社に入社。大相撲やゴルフのマスターズ、テニスのウィンブルドンなどさまざまな現場を経験。オリンピックも'14年ソチ、'16リオデジャネイロ、'18年平昌を担当した。'19年に独立し、現在はNumber編集部でライターとしてだけでなく編集業務にも携わる。'21年東京五輪では編集部の特派記者としてスケートボードやスポーツクライミング、柔道、ボクシングなど幅広い競技をカバー。これまでにロジャー・フェデラーからなかやまきんに君に至るまで、競技やジャンルを問わず数多くのインタビュー記事も手がけている。

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