道を切り開き、新たな地平へ。Shigekix×TSUKKIが語る「ブレイキンの生き方」[スペシャル対談]

2026.05.28

ブレイキン

道を切り開き、新たな地平へ。Shigekix×TSUKKIが語る「ブレイキンの生き方」[スペシャル対談]

スポーツビューティ事務局

INDEX

・ 7歳で出会ったブレイキン ・ 先輩を追いながら切り開く ・ 「シゲさんがブレイキンの可能性を見せてくれた」 ・ 関係性が変わった中国遠征 ・ 苦しみを越えた先で抱く情熱 ・ 競技を支える身体と肌のケア ・ 互いを高め合いながら未来へ

世界トップレベルのB-BOY・Shigekix(シゲキックス)と、回転技「パワームーブ」を武器に国内外で実績を積み重ねてきたB-BOY・TSUKKI(ツッキー)。ともに大阪出身で、 トップのブレイキン選手として活動する二人が語る、競技人生のルーツや互いへの思い、そして自身の現在地とは――。

7歳で出会ったブレイキン

大阪府出身のShigekixとTSUKKI。現在は世界の第一線で活躍する二人が、ブレイキンと出会ったのは7歳の頃だった。

Shigekix ブレイキンは姉が先にやっていて、自分も追いかける形で始めました。当時は今ほど同世代のB-BOYがおらず、大人たちに囲まれて練習する日々でした。だからこそ「早く上の人たちのスキルに近づきたい!」という強い憧れを抱いていました。

道を切り開き、新たな地平へ。Shigekix×TSUKKIが語る「ブレイキンの生き方」[スペシャル対談]

姉の影響でブレイキンを始めたShigekix

TSUKKI 僕は5人兄弟で兄がやっていたのを見よう見まねで始めて、どんどん楽しくなって続けるようになりました。当時レッスンをしてくれていた先生がKOSÉ 8ROCKSで過去にディレクターだったKakuさん。“師匠”という感じで、ずっと一緒にやってきました。

Shigekix 最初に惹かれたのは、ダイナミックで日常からかけ離れた動きです。普段ならできない動きが、練習を重ねることでできるようになる。その過程の面白さにハマりました。

TSUKKI 僕は野球と両立していましたが、始めて1年半で大会に優勝した時に「ブレイキンでいく!」と決めました。パワームーブを中心に、技ができる喜びや成長を実感できるのが楽しくて。「次のレッスンまでに絶対完成させる」と思いながら毎日練習していました。

道を切り開き、新たな地平へ。Shigekix×TSUKKIが語る「ブレイキンの生き方」[スペシャル対談]

TSUKKIは野球との両立を経て、ブレイキン1本の道へ

先輩を追いながら切り開く

まだブレイキンで生計を立てる道が確立されていなかった時代。ShigekixとTSUKKIにとって、キャリアを大きく動かすきっかけとなったのが企業とのスポンサー契約だった。

Shigekix 当時はブレイキンで生計を立てる人は少なく、先輩が競技から離れていくのを見るのが寂しかったです。ただ、僕の少し上の世代には、TAISUKEさんやISSEIくん(現在同じKOSÉ 8ROCKSに所属)のように世界で活躍されている方がいて、「次はそこを目指したい!」という感覚はありました。

そうした中、10代半ばで徐々に成績を残せるようになってきた頃、僕にも企業からスポンサー契約のお話をいただきました。その後、ブレイキンの注目度が世間的に上がっていくのを感じましたし、「ブレイキンで生きていく」ことが現実味を帯びていきました。僕自身の成長と、ブレイキン業界の盛り上がりが重なった感覚を覚えました。

TSUKKI 僕はもともと趣味があまりなく、“ダンス一本”というタイプでした。やり続けて、いろんな景色を見ることが夢だったんです。僕も15歳でスポンサー契約のお話をいただき、今はD.LEAGUEのValuence INFINITIESに所属しています。やりたいことを続けながら生活できていることは、本当に幸せだと思います。

Shigekix 自分がプロとして活動してきたこの5〜10年で、ブレイキンを取り巻く環境は大きく変わっていきました。今は、自分たちの世代で終わらせるのではなく、TSUKKIのような下の世代に向けて、新しいブレイキンの可能性を切り開いていかなければいけない。だからこそ、今は自分自身も“開拓している”感覚が強いです。

道を切り開き、新たな地平へ。Shigekix×TSUKKIが語る「ブレイキンの生き方」[スペシャル対談]

ブレイキンシーンの成長を体感してきた

「シゲさんがブレイキンの可能性を見せてくれた」

TSUKKIにとって、同じ大阪のシーンでトップ選手へと駆け上がったShigekixは、幼い頃から追いかけ続けてきた存在。初めて互いを認識した頃の印象や、出会いについて語る。

TSUKKI シゲさんは同じ大阪出身ですし、Kakuさんと一緒に練習されていたこともあって、自然と存在を意識するようになりました。ブレイキンはもともとカルチャー色の強い世界でしたが、シゲさんは“アスリートとしてのブレイキン”を切り開き、ブレイキンだけで生きてゆく可能性を見せてくれた存在だと思っています。

Shigekix TSUKKIは、バトル会場だけでなくSNSなどでも注目されていました。「新しい才能が出てきた!」という感覚でしたね。昔から一緒に練習していた先輩のKakuさんの弟子としても認識がありました。直接関わる機会は少なかったですが、どこか身近な存在でした。

TSUKKI 初めてシゲさんと直接会ったのは、大阪で開催されていた「FULL THROTTLE(フルスロットル)」という大会です。実際に会った時は、本当に緊張したのを覚えています。

Shigekix 「FULL THROTTLE」は幅広いレベルのダンサーが集まり、ブレイキンの登竜門と呼べる大会。彼はその中でも強烈な印象を残していました。特にパワームーブは、大人のような完成度を子どもの身体で表現していて、“新時代”を感じさせる存在でした。

TSUKKIの性格は物静かな感じで、競技中とのギャップも印象的でした。髪が長くて赤いヘッドギアをつけていて、毎回マキシマム ザ ホルモンのTシャツを着ていた(笑)。パワームーブが本当にうまくて、「一生体力が切れないんじゃないか?」というイメージでした。

道を切り開き、新たな地平へ。Shigekix×TSUKKIが語る「ブレイキンの生き方」[スペシャル対談]

Shigekixに対しての思いを語るTSUKKI

関係性が変わった中国遠征

大会で顔を合わせることは多かったものの、年齢差もあり、当時はほとんど会話がなかったという二人。そんな関係性を変えたのは、当時幼少期だったTSUKKIが経験した中国遠征だった。

TSUKKI シゲさんと初めてしっかり話した思い出は、シゲさんとお姉さん(AYANE)と3人で行った中国遠征です。4〜5日一緒に過ごす中で、シゲさんは優しかったんですが、お姉さんが怖すぎて(笑)。そこから3年くらい話せなくなるくらいでした。当時の写真を見返すたびに、「怒られたな」と思い出します。

Shigekix 懐かしいですし、もちろん覚えています(笑)。子どもだったので、海外に行くとテンションが上がるじゃないですか?うちの姉は結構言う方だったので、いろいろ言われていたのが印象に残っています。

TSUKKI 今では笑って話せる思い出ですが、当時は本当に緊張していました。ただ、その遠征をきっかけに関係性が変わっていって、2024年からは「XII After Ours(トゥエルブ アフターアワーズ)」というブレイキンクルーでも一緒に活動させてもらえるほどになりました。シゲさんとD.LEAGUEでは別のチームに所属していますが、一緒に練習したり、食事にも行くくらいお世話になっています。

道を切り開き、新たな地平へ。Shigekix×TSUKKIが語る「ブレイキンの生き方」[スペシャル対談]

懐かしい中国遠征の思い出に笑顔を見せる

Shigekix 僕が彼の言葉で印象に残っているのは、2024年に行われた夏の国際大会です。直前の練習にかなり付き合ってもらっていて、彼もKakuさんとテレビで大会を見てくれていました。

僕たちは普段、お互い勝敗には感情移入しすぎない関係なんですが、あの時は「あれだけ練習している姿を見ていたので、さすがに(涙腺に)きました!」と言ってくれて。それがすごくうれしかったです。

TSUKKI シゲさんは普段あまり泣かないので、インタビューで涙を見せている姿を見て、積み重ねてきた努力や達成感を感じました。シゲさんの影響でブレイキンを始めた子も多いですし、本当に歴史を作ってきた存在だと思っています。

苦しみを越えた先で抱く情熱

世界の第一線で活躍する二人にも、それぞれ苦しい時期や壁を感じた時間があった。苦難を乗り越えた先で、現在はブレイキンの新たな可能性を感じているという。

TSUKKI コロナ禍は特に印象に残っています。家に練習環境があったので練習は毎日長時間することができましたが、「この状況は一体何なんだろう?」と考えることもありました。ただ、それを乗り越えれば成長できると思い続けたことで、新しい練習方法や発見につながりました。

Shigekix 一番きつかったのは、2023年末から2024年にかけてのケガです。練習できない時間を過ごす中で、“踊れる日常の価値”を改めて感じました。仲間の練習を見ることしかできないもどかしさもありましたが、「復帰したら全力でやろう!」と強く思えたことは、すごく大きかったです。

TSUKKI 今はD.LEAGUEを通じて、これまでにない経験ができています。ブレイキン以外のジャンルにも触れることで表現の幅が広がりましたし、大勢の観客の前で踊る経験も新鮮です。10代のうちにこうした経験ができていることは大きいと思います。

道を切り開き、新たな地平へ。Shigekix×TSUKKIが語る「ブレイキンの生き方」[スペシャル対談]

TSUKKIはD.LEAGUEを通じて表現の幅を広げる ©D.LEAGUE 25-26

Shigekix 今は次世代の子たちが活躍できる環境づくりにも取り組んでいます。選手としてのキャリアや年齢を考えるとこうした活動はまだ早いと思うんですが、引退した後ではなくて、自分が全盛期と呼べる今だからこそやりたい。D.LEAGUEという大きな舞台で、ブレイキンを知らなかった人や他ジャンルのダンサーとも接点が生まれていて、カルチャーが広がる可能性を感じています。今活躍できる場所を作るだけでなく、次世代が将来さらに大きな舞台で活躍できる環境につなげていきたいです。

道を切り開き、新たな地平へ。Shigekix×TSUKKIが語る「ブレイキンの生き方」[スペシャル対談]

D.LEAGUEに新たな可能性を見出すShigekix ©D.LEAGUE 25-26

競技を支える身体と肌のケア

日本を代表するブレイキン選手として若い頃から実績を積み、国内外の大会で活躍を続けてきた二人。ShigekixはKOSÉ 8ROCKS、TSUKKIはValuence INFINITIESのチームメンバーとして、現在はD.LEAGUEにも戦いの場を広げている。ダンサーとして“見られる存在”になったことで、コンディションや日々の意識にも変化が生まれていた。

Shigekix 身体のコンディションだけでなく、どう見られるかも常に意識しています。今はダンスだけでなく、ダンサー自身を応援してくださる方も多いので、見た目や雰囲気も大切にしたいです。KOSÉ 8ROCKSとして活動する中で、美意識と身体のケアの両方を意識しています。

道を切り開き、新たな地平へ。Shigekix×TSUKKIが語る「ブレイキンの生き方」[スペシャル対談]

美意識と身体のケア両方を意識している

TSUKKI コンディション面ではストレッチを徹底しています。師匠に言われ続けてきたこともあり、練習の前後や帰宅後にも行っています。小さい頃はストレッチなしでも動けましたが、今はケアの大切さを実感しています。D.LEAGUEではファンの声援も大きいので、「見られる」意識は常に持っています。雪肌精を愛用しており、化粧水(薬用雪肌精 ブライトニング エッセンスローション)と乳液(薬用雪肌精 ブライトニング エマルジョン)は毎日使っています。

道を切り開き、新たな地平へ。Shigekix×TSUKKIが語る「ブレイキンの生き方」[スペシャル対談]

D.LEAGUEで“見られる”意識が芽生えたという

Shigekix 最近は日やけ止めを持ち歩くようになりました。以前はそこまでケアを意識していませんでしたが、年齢とともにシミなども気になるようになってきて、日常的に対策するようになりました。屋外での活動も多いので、コンディション管理の一つとして意識しています。
もともと日やけ止め特有の肌に膜が張るような感覚が苦手だったんですが、KOSÉさんの日やけ止め(コスメデコルテ サンシェルター エクストリーム コンフォート※)はスキンケアのように、心地よく潤ってくれる感じがします。 乳液のようなスキンケア感覚で使えるところが気に入っています。
※現在はこちらの商品にリニューアルしています。
コスメデコルテ UV コンフォート ウォータリースムース

互いを高め合いながら未来へ

ShigekixとTSUKKIはお互いを意識しながら、それぞれの道を進んできた。これまでのブレイキン人生に充実感を示しながら、その先に見据える未来への思いを語った。

TSUKKI 自分の現在を振り返ると、ここまでこれるとは思っていませんでした。上京して一人暮らしをすることも想像していなかったですし、続けてきたからこそ見られている景色だと思います。

Shigekix ブレイキンを始めた頃を思うと、想像していなかった現在でもあり、同時に目指してきた姿が実現している感覚もあります。それは自分の努力だけでなく、周囲の支えがあってこそだと思っています。

TSUKKI 今後は目の前の大会や目標に一つずつ集中しながら、自分の可能性を広げていきたいです。シゲさんには本当にお世話になっていて、「東京の親」のような存在(笑)。感謝しているからこそ、いつかは超えたいと思っています。

Shigekix 僕も個人戦やチーム活動、D.LEAGUEなど、挑戦するすべてでトップを目指します。TSUKKIにはいつも刺激を受けていますし、自分を奮い立たせてくれる存在です。親のように成長や活躍を見守りながらも、お互いに高め合い、それぞれの道で結果を出していけたらと思います。

道を切り開き、新たな地平へ。Shigekix×TSUKKIが語る「ブレイキンの生き方」[スペシャル対談]
Shigekix選手プロフィール
2002年大阪府生まれ。7歳でブレイキンを始める。2018年ブエノスアイレスユースオリンピックで銅メダルを獲得。2020年には「Red Bull BC One World Final」で世界最年少優勝を果たした。2021年から2023年にかけてJDSF全日本ブレイキン選手権を3連覇。2023年アジア競技大会で金メダルを獲得し、2024年パリオリンピックに出場。開会式、閉会式ともに日本選手団の旗手を務めた。これまで50回以上の国際大会優勝を誇る、日本を代表するB-BOY。D.LEAGUEではKOSÉ 8ROCKSに所属する。
TSUKKI選手プロフィール
2006年大阪府生まれ。兄の影響を受け、7歳からブレイキンを始める。ブレイキンの中でも「パワームーブ」を得意とし、高難度の技を武器に国内外で活躍。2020年JDSF第2回全日本ブレイキン選手権で優勝し、ユース日本一に輝いた。その後も世代別の国際大会で実績を重ね、2023年からはプロダンスリーグD.LEAGUEのValuence INFINITIESと選手契約を結ぶ。2024年には世界3大大会の一つ「Free Style Session World Final」で優勝を果たすなど、次世代を担うB-BOYとして注目を集めている。

text by 井本 佳孝(Yoshitaka Imoto)
photograph by 長田 慶(Kei Osada)

KEYWORD

\ この記事が気に入ったら
「シェア」をお願いします
/

関連記事ARCHIVE

記事一覧

記事を探す

SPORTS

KEYWORD

ARCHIVE