2024.10.07
「自信を持てる自分を創っていく」世界のトップ選手を目指す髙橋藍が持つ、前向き精神の秘訣
●バレーボール田中夕子心は冷静に。でも、笑顔は絶やさず。
それができている時は「バレーボールを心底楽しめている」。確かに、コートへ立つ髙橋藍を思い返すと、浮かんでくるのは笑顔のシーンが多い。
「どんな時も笑えている選手って、心に余裕があるから力を出せると思うんです。そこにプラス、冷静さもあればどんな状況も楽しめる。冷静さに欠けて笑顔もなく、ただ必死の時はあんまりうまくいかない。笑えているか、いないか、というのは自分の調子を表すバロメーターかもしれないですね」
自身のレシーブからチームの得点につながった時。渾身のスパイクが「ここでほしい」という絶好の場面で決まった時。目まぐるしく攻守が入れ替わるバレーボールの世界で、喜び、昂ぶるシーンはいくつもあるが、髙橋がバレーボールの美しさを感じるのは、“個”が“組織”となって動き、すべてが連動した時だという。
「相手のサーブをレシーブしたボールがセッターにきれいに返って、セッターのトスもアタッカーにリズムよくきれいに上がる。それをバーンと決めた瞬間は、すごいきれいだな、と。無駄がないプレーって、美しいですよね」
男子バレー日本代表の躍進は目覚ましい。昨年、今年と2年連続で世界の強豪国と対戦するネーションズリーグでメダル獲得。一時は世界ランキングが2位まで上昇した。フランス人で同国やポーランドでの指導経験もあるフィリップ・ブラン監督のもと、世界を経験する選手も増え、意識や技術、戦術が高まってこその結果で、一人一人の力が結実した証でもあるのだが、中でも不可欠なのが髙橋の存在だ。
バレーボールをやりたい、と望んだ兄に最初は半ば強引に誘われ、小学2年から競技人生がスタート。中学生までは身長が伸びず、守備専門のリベロも経験した。当時の髙橋少年からすれば「もっと背が高くなってスパイクを打ちたい」と悩んでいたかもしれないが、その頃磨いたレシーブ力は後に身長が伸び、チームの「エース」と呼ばれる存在へと成長してからも、髙橋の武器であり続けた。
2020年2月に日本代表へ初選出された時も、最も評価されたのはその守備力だ。年々サーブの技術や戦術が進化する中、どんな強打にも、時に前方の空いたスペースを狙う虚を突いたサーブに対しても冷静沈着に対処し、質のいいレシーブをセッターに返す。サーブレシーブのみならず、2mを超える世界の猛者が放つスパイクも髙橋が拾えばすべてチャンスボールになる、といっても大げさではないレシーブ力は、今や日本にとって欠かせぬ武器でもある。
対戦相手からすれば「リベロが2人いる」という状況をつくる好守は髙橋だけでなく、日本代表にとっても大きな強み。相手からすれば「打っても打っても決まらない」日本代表のバレーボールは、見る者の心をつかみ、日本のみならずタイやフィリピンを始めとするアジア各国や、ヨーロッパでも高い人気を博した。
強く、美しく、なおかつ面白い。ただ好成績を残したからという理由だけでなく、日本代表に対する期待も日増しに高まり、8月に閉幕したパリでの世界大会もメダル候補として高い期待と注目を集めた。選手たちも「金メダルを獲る」と公言して臨んだが、結果は準々決勝敗退。最終成績を7位で終えたが、敗れたイタリア戦はまさに死闘とも言うべき激戦だった。
帰国してからもたくさんの人から「感動をありがとう」と声をかけられた。そのこと自体は嬉しい、と笑うが、2セットを連取し、24対21とマッチポイントをつかみながらの逆転負けは「めちゃくちゃ悔しかった」と笑顔から真剣な表情に変わる。
「ほんとに“あと1点”だったので。追い込まれてもイタリアの選手たちは諦めず、冷静だった。反対に僕らは余裕がなくなっていった。最後の“1点”で負けたので、1点に常にこだわらないといけない。1点を獲るためのフィジカル、メンタルを鍛えるのはもちろん、何が何でもその1点を逃さない。高い集中力を持って、経験を重ねていくことが次に向けては必要なんだ、と思いますね」
取材日はパリでの世界大会閉幕から約1カ月が過ぎた9月上旬。未だ冷めぬバレーボール熱の高さに加え、明るいキャラクターの髙橋は連日イベントやテレビ出演などに引っ張りだこ。「たまには休みたいと思う時もある」と笑うが、日頃から応援してくれる人たちに会ったり、それまで知らなかった世界に触れることは自分にとっても活力になる。何事にも楽しそうに取り組む笑顔も、多忙さの要因ではあるのだが、日本代表の戦いが終わってもバレーボール選手としての日常が終わるわけではない。
10月には日本での大同生命 SV.LEAGUEが開幕する。まさに休む間もないのだが、だからこそ、と言うべきか。どれだけ忙しい時でも身体のメンテナンスは欠かさない。
「睡眠時間をしっかり取ることや、食事の管理。プラスしてバレーボールはジャンプする競技なので、膝に負担がかかってけがにつながりやすい。ストレッチも含めればセルフケアにはだいたい2時間ぐらいかけています。もともと僕はめんどくさがり屋で、サボり癖もあるんですけど(笑)、これだけは別。やらないと満足いくコンディションでバレーボールをすることができないので、どんなに疲れていても必ずやる。日本代表に入って、周りの選手が自分の身体に対して意識を高く持って取り組んでいる姿を見たのも大きいですが、何より勝つためには常にいいコンディションで臨まなければ結果はついてこない。1日サボるだけでも次の日に影響は出るし、悪循環にもつながる。だから、どんなに疲れていてもこれだけはやらないと気持ちが悪くて寝られないんです」
毎日の積み重ね、という面で言えばまさにスキンケアも同じ。今でこそ、コーセーのスキンケアブランドの「雪肌精」アンバサダー、「ONE BY KOSÉ クリアピール セラム」のキャンペーンキャラクターを務めるが、日本代表に選出された当初はスキンケアには程遠い生活だったと笑う。
「洗顔したらそれで終わり。化粧水をつけたこともなかったので、今思えば、肌は常にカピカピでしたね(笑)」
日体大在学中の21年にイタリアへ渡った際、環境だけでなく水や湿度も変わるイタリアで肌荒れに悩まされ、雪肌精を使い始めると続けていくうちに肌の変化を顕著に感じた。
「肌の潤いが全然違った。カピカピからモッチリになって、ゴワゴワからツルツルになった。もともと肌が弱いのですが、丁寧にスキンケアを続けるうちに肌荒れが抑えられて、肌触りもよくなった。肌がきれいだと自信を持てるし、その自信がバレーボールにもつながっています」
どんな相手でも物怖じせず、常に前向き。「調子が悪い日があっても、こういう日だったと受け止めて次の試合で結果を出すことだけを考える」というポジティブな性格だが、昔からそうだったかといえば実はそうではない。
「高校生の頃は結構いろいろ落ち込んでいました。試合でうまくいかなかったり、監督にめちゃくちゃ怒られた日は、引きずっていたし、しょんぼりしながら家に帰ることもしょっちゅうありました」
ネガティブな面を打ち消したのは、両親の存在。共にバレーボール経験はないが、その日あった些細な出来事を口にすると、両親は決まってこう言った。
「『藍なら大丈夫。何とかなるよ』って。ポジティブな両親に育てられたので、緊張しいだった僕もある日突然、こんな小さいことで緊張しても意味がないな、と思ったし、むしろ緊張するのも当然だから気にすることはない、という考え方に変わったんです。今までを振り返れば基本的に全部、何とかなる、自信を持てる自分を創っていく、という精神で挑戦してきたので、今はむしろ、何でもできる自信があります」
イタリアで3シーズン経験を重ね、今春、日体大を卒業。プロ選手として今季は大同生命SV.LEAGUEのサントリーサンバーズ大阪でプレーする。兄の塁も在籍するチームで、共に戦うのは高校以来7年ぶり。
「日本でプレーするのは初めてなのでどういう形になるかはわかりません。でも自分自身が世界のトップ選手になるために、新しい経験をして強い自分を目指したい、と望んで日本に帰ってきました。僕は日本で世界最高峰のリーグをつくれると思っているので、僕たち選手だけでなく、見てくれる方々と一緒に、もっともっと盛り上げていきたいですね」
日々磨き上げたプレーと肌で、みなぎる自信を見せつける。競り合う場面や勝利の瞬間。待望の新シーズン、髙橋藍は笑顔で戦い続ける。
神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイト、『月刊トレーニング・ジャーナル』編集部を経て、2004年からフリーランスライターに。バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を中心に取材し、アスリートからの信頼も厚い。著書に『高校バレーは頭脳が9割』、共著に『青春サプリ。』、構成に『Saori』『絆があれば、どこからでもやり直せる』がある。
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