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28アンダーを記録した女子プロゴルフ・川﨑春花『目の前の1打に集中する』をテーマに世界を見据える

2024.10.10

ゴルフ

28アンダーを記録した女子プロゴルフ・川﨑春花『目の前の1打に集中する』をテーマに世界を見据える

キム・ミョンウ

近年の日本の女子プロゴルフ界は若手の台頭が目覚ましい。2017年に引退した宮里藍が火付け役となった女子ゴルフ人気だが、今では10代、20代がツアーを牽引。実力がなければすぐにはじき出されるほど、入れ替わりの激しい群雄割拠の時代に突入している。

アマチュアからプロ転向したばかりのルーキーが1年目から活躍するのも珍しくないが、初優勝を2022年のメジャー大会「日本女子プロゴルフ選手権コニカミノルタ杯」で達成し、一躍注目を浴びたのが川﨑春花だ。同年、“鬼門”と言われる2勝目も早々に手にした。

昨年は未勝利のままシーズンを終えたが、今季は2試合連続を含む3勝をマーク。それも7月の「大東建託・いい部屋ネットレディス」では、ツアー72ホール最少スコア記録となる通算28アンダーで優勝した。

「今年の『ミネベアミツミレディス*』で2年ぶりの優勝はすごくうれしかったですし、そこからまた2回も勝てたことは自分でもビックリしています。プロ1年目の『日本女子プロゴルフ選手権』の初優勝は、自分のゴルフを180度変えてくれたのですが、去年は本当に苦しかった。だから1年目と今年とでは全然違います」

そう言って屈託のない笑顔を見せる川﨑は22年のルーキーイヤーを振り返った。
 *ミネベアミツミ レディス 北海道新聞カップ

母に電話し「もう試合に行きたくない」と涙ながらに話したことも

「日本女子プロゴルフ選手権」最終日を川﨑は首位の山下美夢有とは4打差で迎えた。誰もがこの年の年間女王となる山下が勝つと予想していたが、川﨑がバックナインから4連続を含む6バーディを奪う圧巻のプレーで逆転優勝。地元京都で、同大会での史上最年少Vを達成してみせた。ニューヒロイン誕生の瞬間だった。

筆者も優勝の瞬間と大ギャラリーの前でのインタビューを目の前で見ていた。涙を流すかと思ったのが、完全にその期待は裏切られた。開口一番、「信じられないですし、実感もわいてないです」と、最終日の強気のプレーとは裏腹にふんわりとした独特の雰囲気で多くのギャラリーをほっこりさせていた。京都弁の“はんなり”という言葉が当てはまる選手だなと感じたものだった。

photograph by 三宅史郎(Shiro Miyake)

「NOBUTA GROUPマスターズGCレディース」で2勝目を飾り、プロ1年目にしてメルセデス・ランキング15位、賞金ランキングも8位とトップ10入りして初シード、新人賞も獲得した。23年もこのまま順調にいくかと思われたが、好不調の波が大きく、トップ10入りした翌週の試合には予選落ちもあった。3試合連続の予選落ちを2度も経験している。

「スイングするのが怖かったです。どこに飛ぶか分からないから。ゴルフ場に行きたくない、クラブハウスにも入りたくない。クラブを握るのも嫌でした。一度も練習場に行かず、いきなりコースに出た試合もあったくらいです。もうゴルフを続けていけないし、このままダメになってしまうと考えて泣いたこともありましたし、ゴルフ場に行くだけで気持ちが沈んでいました」と打ち明ける。

昨年6月のニチレイレディスではクラブハウスに行く前は、母に電話し「もう試合に行きたくない」と涙ながらに話したこともあった。

photograph by 三宅史郎(Shiro Miyake)

目標を“優勝”に置かないことで気持ちが楽に

思い通りのプレーができなくなり、精神的に追い込まれたのは、「自分のハードルを上げてしまっていた」のがすべての原因。

「1年目で2回優勝したので、2年目もまた優勝するのが一番の目標になっていました。今思うとしっかりとその段階を踏めていなかったんです」

1年目からメジャーを制覇したルーキーで新人賞という肩書きが、重くのしかかった。周囲の期待を自ら気負ってしまい、そうしたプレッシャーを乗り越える準備や心構えができていなかったということだろう。

それでも前に進むしかなかった。「去年のシーズン終わりの頃からスイング修正に取り組みました。もう一つ大事なことは目標を“優勝”に置かないこと。もちろんベストは尽くすけれども、そこに目標を置かないことで気持ちが楽になったのはあります」

昨年の辛い状況から抜け出すために、一旦、ハードルを下げた。

「やっぱり簡単に優勝はできないなと思いましたし、それは今も感じています。スイングをしっかり作っていくことを目標にしようと決めて、オフもそこに集中しました。まだショットの安定性には欠けますが、理想のスイングには近づいてきている感触はあります」

コースマネジメントにおいても成長が見られた。普段は攻め方や球の落としどころ、番手の選択などもキャディとも相談するとはいうが、自ら判断して決断することも増えた。ミスの原因も自分でわかるようになってきたという。

「今までは人に頼ったりしちゃうところもあったのですが、今では自分のミスを試合中にしっかり修正できることも増えてきたんです。それに今はコーチがいないんですよ。なのでスイングに関しては自分で動画を撮ったものをあとで見直したり、良かった時の感覚とうまくすり合わせながらスイングを作っています」

プロ3年目にして自立心の芽生えた成長を垣間見せたが、自信たっぷりと見られるのをためらったのだろうか、「私、そんなにゴルフのことわからないですけど(笑)」と周囲を笑わせ、恥ずかしそうに顔を赤らめていた。

photograph by 三宅史郎(Shiro Miyake)

『目の前の1打に集中する』が1年通してのテーマ

プレー中は表情を一切変えず、どちらかと言えば喜怒哀楽を表情に出さない印象がある。ツアー通算5勝ともなると、やはりメンタルの強さも特長と思いきや、そうでもないという。

「周囲の方によくそう言われるんですけど、ほんまはめっちゃ緊張してるんです。それに表情に出さないようにもしてないです(笑)。プレー中も頭の中は結構、ぐるぐるしていてよく見るとそれが表情に出ていると思うんですよ。だから自分ではメンタルがめっちゃ強いとかは思わないです。一つ、心掛けていることはミスしても、終わったことだからと引きずらないようにしています」

緊張のなかでも勝ち切れる強さがあるのは、そうした状況を楽しめるようになってきたからだろう。川﨑に全体的な雰囲気から「京都出身でおっとり」というイメージがあることを伝えると、すかさず「全然(おっとり)してない」と返してきた。

「プレー中は必死だし、イライラを出したらよくないタイプって思っているんですが、普段は意外と怒りっぽいかも(笑)。それにスコアも結構、気にしちゃいます。だからいまは『目の前の1打に集中する』を1年通しての課題、テーマにしています。『ミネベアミツミレディス』の優勝の時はそれが結果につながってくれました」

photograph by 三宅史郎(Shiro Miyake)

上田桃子と菊地絵理香に憧れる理由は?

今季3勝で注目度は、1年目とは比べ物にならないほどになった。多くのギャラリーを引き連れてプレーするとなると、見られる頻度も増える。プロツアーは興行でもあることから、ゴルフが好きな人が見に来るだけでなく、“推し”を応援するという人気商売的な側面もある。

21歳の川﨑にも毎週、トーナメント会場には根強いファンがついて回る。常に人前に出ていくことから、当然、見た目やメイクも意識するようになった。

「ギャラリーさんから声をかけられることもめちゃくちゃ増えたので、プレー前はしっかりメイクも心掛けています。夏場は特に日やけ止めは必需品。下地、ファンデーションも塗って試合に出ていきます」

今年の夏の暑さは異常だ。35度を超える日も珍しくなく、炎天下のゴルフ場で日やけ止めなしにプレーは不可能と言っていい。川﨑は基本的なベースとなるメイクは心掛けていると強調しつつ、「正直、わからないことが多くて、普段、出かけるときとゴルフ場でのメイクはあまり変わらないんです。だから誰かに教えてほしくて、欲を言えば、もっと綺麗にしたいです」と笑う。

photograph by 三宅史郎(Shiro Miyake)

もちろんメイクも大事だが、肝心の女子ゴルフツアーは終盤戦にさしかかる。さらにゴルフの腕にも磨きをかけたいところだが、憧れの選手についてきくと、すかさず「上田桃子さんと菊地絵理香さん」を挙げた。

「2人ともプレーのメリハリだけでなく、お話をするたびにゴルフに対する姿勢もすごくて人格者だなと感じます。ゴルフの話をするとすぐに目の色が変わりますし、練習中の雰囲気からも学ぶことが多いです。すごく尊敬しています」と目を輝かせる。

世界で戦う一方、休んでいるときは1日中スマホゲーム

21歳の川﨑が長くゴルフを続けたいと思わせてくれる先輩がいるのは、とてもいい環境の中でゴルフができているという証拠。それに今季は滑り込みで出場権を得た米女子メジャーの「AIG(全英)女子オープン」にも出場し、憧れだったスコットランドの“聖地”セント・アンドリュースでのプレーも叶った。結果は通算6オーバーの55位で4日間を戦い抜いた。

「世界の選手と試合ができたこと、経験したことのない強風の中で憧れのコースでプレーできたことも財産になりました。英語はあまり話せないけど、聞き取りは大丈夫なので現地の外国人キャディともうまくコミュニケーション取りましたよ! 毎日が勉強でした。これからも」

今季はメルセデス・ランキング10位で、優勝を重ねればもちろん“年間女王”という目標も見えてくるが、そこはあえて意識していない。

「目の前のことをしっかりとベストを尽くしてやっていくだけです」。これからも“目の前の1打”にこだわることが、勝利への道筋だ。

最後に少し間があいた――。何かを考えていたのか川﨑がいきなりこう切り出した。

「私、そんな自分に厳しくないです。結構甘いんです(笑)。ちょっと自分に甘すぎるくらい……。練習もストイックではないですから、もうちょっと厳しくいきたい。休んでるときは1日中スマホゲームで終わったり、部屋も片づけなあかんなと思ったら1日が終わってるみたいな……ほんまに甘いんですよ」

自分に言い聞かせ、厳しく叱咤するような口ぶりで、最後は周囲を笑いに包んでしまった。21歳“川﨑春花”の魅力と強さを見た気がした。

photograph by 三宅史郎(Shiro Miyake)

TEXT BY

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮大学校外国語学部卒。朝鮮新報社記者として、社会、スポーツなど幅広い分野で取材を展開。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本側から初めて平壌で取材することに成功(『Number』に寄稿)。2011年から女子ゴルフツアーの取材も開始。特にイ・ボミとは人気が出る前から周知の仲。現在は日韓両国でゴルフ、サッカーを中心に週刊誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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