2024.01.10
「勝つために自分は何をすべきか」 スノーボードアルペン・三木つばきの屈託のない笑顔に秘められた不屈の精神。
●スノーボード石井宏美高校3年生で初出場した2022年北京での世界大会では、決勝トーナメント1回戦で無念のリタイアとなったが、直後に行われたイタリアでの戦いでは非五輪種目のパラレル回転で初めて頂点に立った。
そして今年2月、2026年に予定されている世界大会を目指す当時19歳の三木つばきは、ジョージアで開催されたスノーボードの世界選手権女子パラレル大回転で初優勝。アルペン競技の世界大会で、男女を通じて日本選手初の金メダル獲得の快挙を成し遂げた。
「世界大会で勝つために自分は何をすべきなのか」
三木のスノーボード人生における選択の軸は、常にこの言葉とともにある。
「実は私は本当に運動が苦手で、センスがないんですよ(笑)。走っても遅いし、投げても逆方向に行ってしまうくらいの運動神経のなさなんです。それでも何か1つ突き詰めれば世界一まで届くんだという姿を見てもらいたい。そういう姿を通して、スノーボードアルペンの魅力をも一緒に引き出していけたらと思っているんです」
静岡県出身の三木は4歳でスノーボードを始めた。昔から好奇心旺盛だったという少女はあっという間にのめりこんだ。
小学3年生になると自宅から200km近く離れた長野県に単身で滞在。冬季スポーツのシーズンとなる12月から3月までは、親元を離れ、ホームステイ先の旅館の手伝いをしながらスノーボード漬けの毎日を送った。その生活を4年間も続けたのだ。
さらに小学6年で史上最年少プロ選手となると、13歳から世界を舞台に戦ってきた。
近年は海外を拠点にトレーニングを積み、シーズンに入っていく。今季もオーストリアで長く続く戦いに備えた。どうすれば1秒でも速くゴールできるのか。技術やフィジカルの向上に余念がない。
「すべてがスノーボード中心の生活。9月からは渡航で日本にいない上に時差の影響もあるので、オンラインで大学の授業を受けているんですが、大学の課題で何かを学ぶことがリフレッシュになっていますね」
元気の源は日本から持参する炊飯器で炊いた日本米でつくったおにぎり。毎日8~8時間半は必ず睡眠時間を確保するなど、コンディション調整にもぬかりはない。
ここ2、3年は「男子選手のような滑りが目標」と、オフは下半身の筋力や瞬発力の強化にも力を入れ、大柄な欧州勢にも負けないスピードを培ってきた。
「ターンするときは遠心力がかかってくるのですが、女子選手はそこで潰れてしまって膝が曲がりやすくなってしまうんです。男子選手はそこでパワーや体の使い方でしっかり足を張って板をたわませることができるのですが、私もそれができるようにパワーをつけています」
注目を集めた今年2月の世界選手権。実は、雪不足によって選手たちは前日にコースを滑れないというアクシデントに見舞われ、レース当日も転倒者が相次いだ。だが、三木は驚くほど冷静だった。
「レース当日の天候やコースの状態は、自分では制御できないものだと思うんです。自然のなかで行うので、どうにもならないことはたくさんあって。その中で何がコントロールできるのかといえば、自分の“心”と“体”。制御できないことは考えず、コントロールできることは100%できるように心がけていました」
試合では焦りや緊張で、普段通りの滑りができない選手もいる。だからこそコンディションを整えることや計画的なトレーニングを行うのは、もはや「当たり前のこと」。いかに本番で心を制御できるかに三木はフォーカスしているのだ。
「練習の時から試合をイメージしながら、対戦相手はいませんがいると想定して滑ったり、できるだけ試合と同じ環境を作ってトレーニングする、試合と同じような気持ちで滑ることは意識しています」
彼女にはポリシーがある。「憧れは作らない」。
同じ女子選手は自分が超えていかなければいけない「壁」だと感じているがゆえの考えだ。「その人に追いつくことはできても、追い抜けなくなってしまいそうなので」
もちろん、リスペクトしてやまない存在はいる。18年、22年世界大会の女子パラレル大回転を連覇し、18年の世界大会ではアルペンスキーの女子スーパー大回転で金メダルを獲得している二刀流の世界女王エステル・レデツカ(チェコ)だ。
「スキーとスノーボード、両方を高いレベルでやるなんていまだに想像がつかないんですが、それぞれの競技で得た技術を生かしながら体現されているし、それが結果にも如実にあらわれている。レデツカ選手を見ていると、勝つか負けるかではなく、“どう勝つのか”というところにフォーカスしているなと感じます。そのレベルまで到達したら……やはり強いですよね」
「カッコいいですよね」。そう彼女は目を輝かせる。でも、憧れはしない。
「超えたい存在だから。いつか、レデツカ選手と決勝で対戦して勝つ自分を想像して頑張ります」
海外を転戦し、大会や練習で異国の文化や外国人と接する機会も増えた。考え方や価値観の違いから影響を受けることも少なからずある。
「16歳の1シーズンはイタリア人のコーチから指導を受けていたんですが、ことあるごとにノートにメモしていたら、『書いたらそれでOKになるから、書かずにその場で憶えろ』と言われたんです。『滑るときにそのノートは見ないだろ?』って。“ああ、そういう考え方もあるんだな”と。その考え方は今も取り入れていて、本当に大事なことだけを集約して書くようにしているんです」
昨シーズンから技術系のコーチは不在で、セルフコーチングでシーズンを戦っている。「もともと自分で考えるタイプで、コーチから指導されるというよりは、ディスカッションするスタイルを取っていた」というが、実際、競技体制を整えるだけで精一杯。シーズンギリギリまで試合に出られるかどうか不安だった。
それでも自ら考えながらの調整方法で世界選手権などビッグタイトルを手にしたことで自信もついた。今年は改善点の1つとして、板のメンテナンスをするサービスマンが同行し、今シーズンのテーマとなる「安定感のある戦い」を目指していく。
世界選手権覇者として臨むあらたなシーズンに向けた戦いはすでにはじまっている。
「今季は世界大会で総合優勝したいですね。最低2回の優勝と1回のメダル獲得、計3度表彰台にあがること。また、数字的には60%以上の試合でベスト4に入ることを目標に立てています。9戦でベスト4に入ればそれが達成できるんですが、この2つがクリアできれば、優勝が近づく。そこはしっかりと目指していきたい部分です」
現時点で、最終目標は約2年後の世界大会に定めているときっぱりと言い切る。
その先、もちろん競技を続けていく可能性もあるが、それ以上に日本スノーボードアルペン界の強化や活性化に一役買いたいという思いが強い。
「競技一本は多分約2年後の世界大会までになると思います。その後は後輩の育成や、社会貢献活動に力を入れていきたいですね」
実は、ウィンタースポーツには今、逆風が吹き付けている。温暖化による深刻な雪不足が進み、近年はスキーやスノーボード競技の大会や練習に支障が出るケースもめずらしくない。三木もまた地球温暖化に強い危機感を抱いている。
「昔は10月の頭には真っ青な空と真っ白な雪のコントラストが美しい景色が広がっていたんですが、ここ1、2年は11月に入ってもまだ岩山が見えていて、雪が積もった山を見られるのが年々遅くなっているんです。自然の中で行う競技に従事しているからこそ、『いつまでできるか』ではなく、『いつまででもできるようにしないと』と痛感しますね」
重心が低いスピードのあるターンを武器に、ダイナミックかつ美しい滑りを見せる三木つばき。慢心せず、ひたむきに競技に向かっていく姿からは、彼女の意志の強さ、そしてスノーボードアルペンへの尽きることのない愛情が伝わってくる。
大学卒業後、サッカー誌、フィギュアスケート誌の編集に携わり、その後、フリーランスとして一般誌等でスポーツを中心に執筆活動を行う。2016年からナンバー編集部に所属。
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