D.LEAGUEで交わる二つの時代――Taichi×CHAAが歩んだダンサー人生【スペシャル対談】

2026.07.28

ブレイキン

D.LEAGUEで交わる二つの時代――Taichi×CHAAが歩んだダンサー人生【スペシャル対談】

スポーツビューティ事務局

INDEX

・ それぞれの環境で進んだダンスへの道 ・ ダンサー人生を導いたキーパーソン ・ 味わった苦難も成長の糧に ・ “見られる存在”としての意識 ・ 互いが語る、ダンサーとしての魅力 ・ D.LEAGUEで得た手応え ・ ダンサーとして描く、それぞれの未来

D.LEAGUEで活躍するトップダンサーたちが、自身のキャリアや競技人生を振り返る対談企画。今回は、KOSÉ 8ROCKSの中心選手として活躍するTaichi(タイチ)と、CyberAgent Legitで存在感を放つCHAA(チャー)が登場。ダンスとの出会いからキャリアの転機、そしてD.LEAGUEで挑み続ける現在地まで――。24歳のTaichiと17歳のCHAA。異なる時代を歩んできた二人がそれぞれの競技人生と未来への思いを語った。

それぞれの環境で進んだダンスへの道

福岡県出身のTaichiと、埼玉県出身のCHAA。異なる環境で育った二人だが、ダンスとの出会いにも、それぞれ異なるきっかけがあった。

Taichi 僕は、KOSÉ 8ROCKSのメンバーでもある兄・ISSEIの影響でダンスを始めました。兄は幼稚園の頃からダンスをやっていたんですが、自分は同じ習い事やスポーツはしたくないという気持ちがあって、最初はやっていませんでした。

でも、小学4年生くらいの時に家で兄がブレイキンの練習をしていて、「ちょっと教えてよ!」という感じで始めたら、その楽しさに夢中になっていきました。

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兄・ISSEIの影響でブレイキンを始めたTaichi

CHAA 私は4歳の時に、親が地元のダンススタジオへ連れて行ってくれたのがきっかけです。もともと私が生まれた時から「ダンスをやらせよう!」と思っていたらしく、ダンスを習うことは決まっていました(笑)。

最初は興味がなかったんですが、初めての発表会で人前で踊る楽しさを知りました。拍手や応援の声をもらうことが嬉しくて、そこから自ら練習するようになりました。

D.LEAGUEで交わる二つの時代――Taichi×CHAAが歩んだダンサー人生【スペシャル対談】

CHAAは人前で踊る楽しさを覚え、ダンスの道へ

Taichi 僕は地元・福岡のブレイクダンスチーム「九州男児新鮮組」に入りましたが、環境的にブレイキンを始める=九州男児に入る、という流れでした。

九州男児をまとめているのが、現在KOSÉ 8ROCKSのディレクターを務めるSHUVANさんです。兄のISSEIに加えて、現在のチームメートとも小さい頃から顔見知りで、当時からの先輩・後輩という関係性は今も変わっていません。

ブレイキンはバトル文化が主流ですが、九州男児は昔からショーケースを大切にしてきたチームでした。その経験が、今のD.LEAGUEにも活かされていると思います。

CHAA 私はブレイキンとクランプを中心に活動しています。クランプを本格的に始めようと思ったきっかけは、日本を代表するクランパー・Twiggz "JUN"さんのショーケースでした。「マイナビDANCEALIVE」のステージを見て大きな衝撃を受け、力強さの中にも繊細な表現ができるクランプに魅力を感じ、「自分もやってみたい!」と思いました。

ダンサー人生を導いたキーパーソン

それぞれ異なる環境でダンスの道を歩み始めた二人。プロとしてのキャリアを切り開く転機となった存在として、Taichiは母親、CHAAは日本のクランプ界のパイオニアと呼ばれるTwiggz "JUN"の名前を挙げた。

Taichi 高校生の頃に一度ダンスから離れ、学業に専念しようと大学受験に挑戦したものの、結果は不合格でした。

その後、自分の中で「これだ!」と思えるものが見つからずにもがいていた時に、母が「あなたにはダンスしかないんだから、上京してダンスを頑張っていけば?」と言ってくれました。

その頃、兄は上京してバトルで活躍していて、母が本当に嬉しそうだったんです。その姿を見て、僕も兄のように母を喜ばせたいと思い、上京を決意しました。あの時、母がくれた一言に背中を押されたからだと思っています。

今こうしてD.LEAGUEで活動できているのは、本当に母のおかげだと思っています。

CHAA 今クランプの世界で活動し、「Princess Tighteyex」というダンサーネームを背負って戦えているのは、Twiggz "JUN"さんがいたからこそです。

そして、もう一人憧れているアメリカのRuinさんからもいつかダンサーネームをいただきたいと思っていたんですが、 そのことをTwiggz "JUN"さんに話したところ、「自分でアメリカへ行って学び、認めてもらって、ダンサーネームをもらってきなさい」と言われました。

その言葉を受けて家族と一緒にアメリカへ行き、Ruinさんから「Baby ruin」というダンサーネームをいただくことができました。この出来事は私にとって、本当に大きな分岐点になりました。

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互いのキャリアの分岐点を語り合った

Taichi 東京へ上京してからは、アルバイトをしながらダンスに取り組んでいました。その中でD.LEAGUEのお話をいただき、初めて“ダンスを職業にできる”という自信がつきました。

CHAA 私もD.LEAGUEがきっかけで、この世界に進むことができました。それまではコンテストやバトルで自分の価値を確かめるような活動が中心でしたが、自分の好きなことを仕事にし、パフォーマンスで人に感動を届けることが、ダンサーとして成長できる新たな環境だと思い、挑戦することを決めました。

味わった苦難も成長の糧に

それぞれの環境でダンサーとしての道を切り開いたTaichiとCHAA。その歩みの途中では大きな苦しみも経験し、それを乗り越えることで成長を遂げてきた。

Taichi 僕は二度大きな怪我をしているんですが、それが自分の中では大きな分岐点になっています。

21-22 SEASONに首のヘルニアが見つかって病院へ行った時に、「もうダンスはできません」と断言されました。その時は本当に絶望しました。その後、手術を受けて復帰することができましたが、今でも自分なりにうまく付き合いながら続けています。

今振り返ると、怪我を経験したことで成長できた部分は大きいです。物事には終わりがあるからこそ頑張れるという考えを持つようになり、目標を持って取り組めるようになったことは、今のダンス人生にとって良かったと思っています。

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大怪我の経験が成長に繋がったと語るTaichi

CHAA 一番苦しかったのは、ドイツで行われたクランプの世界大会「European Buck Session」でした。

初めて挑戦した時は準優勝でしたが、翌年はベスト4で終わってしまい、「もう優勝できない」と落ち込みました。辞めたいと思うほど悩み、「努力する意味があるのかな?」と考えた時期でもありました。

そんな時、自分にダンサーネームを授けてくれたRuinさんから「諦めずに進み続けて!」と声をかけてもらいました。その言葉を胸に、翌年もう一度挑戦し、優勝することができました。あの経験が、今の自分の支えになっています。

“見られる存在”としての意識

D.LEAGUEの舞台で活躍を続けるTaichiとCHAA。トップダンサーとして大切にしているのが、“見られる意識”だ。チームの中心選手として多くの視線を集める中で、メイクやスキンケアとの向き合い方にも変化が生まれていた。

Taichi 僕は18歳でD.LEAGUEに入ったので、当時はまだ若くて、肌のことはあまり気にしていませんでした。でも最近は、食事や睡眠、ストレスによって肌はすぐ荒れると実感しているので、日常生活から気をつけるようにしています。

KOSÉ 8ROCKSに所属するようになってからは、ヘアメイクのBCUメンバーにいろいろ教えていただく機会も増えて、美容への意識は大きく変わったと思います。

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Dリーガーとなり、美容への意識も変化

CHAA D.LEAGUEはラウンド数も多いので、毎回来てくださるファンの皆さんに、いろいろな一面を見てもらいたいという気持ちがあります。

そのために髪型を変えたり、普段とは少し違うメイクをしたりすることを意識しています。

スキンケアで特別なこだわりはないんですが、乾燥肌なので、乾燥しないよう保湿は欠かさないようにしています。導入美容液、化粧水、最後に保湿クリームという順番でケアしています。

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スキンケアのこだわりとして“保湿”を挙げた

Taichi 僕はKOSÉ商品の中でもコスメデコルテの導入美容液(コスメデコルテ リポソーム アドバンスト リペアセラム)を気に入って使っています。特にお気に入りなのは香りです。お風呂上がりに使う時間は、とてもリラックスできます。

ヘアケアではヘアオイル(スティーブンノル プロフェッショナル ウルトラ シャイン トリートメント オイル)も使っています。使い心地も良く、毎日のケアに欠かせないアイテムです。

互いが語る、ダンサーとしての魅力

福岡県で育った24歳のTaichiと、埼玉県で育った17歳のCHAA。生まれた場所も世代も異なる二人は、互いを一人のダンサーとしてどう見ているのか。そして、D.LEAGUEで競い合うライバルチームとして、どのような魅力を感じているのだろうか。

Taichi CHAAちゃんは、クランプの選手という印象だったんですが、ブレイキンも踊れると知って驚きました。

D.LEAGUEでも素頭で回るシーンがあり、「やられた!」と思いました。もちろん、CHAAちゃんはブレイキンの世界大会でも活躍していたので、すごさは知っていました。でも、あれを見たときには正直「やばいな!」と思いました。

CyberAgent Legitはいろいろなジャンルを取り入れていますが、CHAAちゃんはどのジャンルでも求められるレベルで踊れるんです。ブレイクダンサーとして本当にすごいなと思いました。

もう、ぜひKOSÉ 8ROCKSに来てほしい、という感じです(笑)。

CHAA Taichi君は、B-BOYとしてパワームーブはもちろんすごいんですけど、Taichi君ならではのシグネチャームーブがあります。しなやかさや難しい動きもあって、自分の色がしっかりあるところが魅力です。

作品のディレクションも担当していて、本当にチームの中心的な存在だと思います。

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D.LEAGUEのライバルながらリスペクトを抱く

Taichi KOSÉ 8ROCKSは、メンバーがほとんど変わらず活動してきたので、一体感はどのチームにも負けないと思っています。ブレイキン一本のチームですが、D.LEAGUEに合った作品づくりや見せ方を研究し続けてきました。

CHAA KOSÉ 8ROCKSは、ブレイキン一本で何十作品も見せ続けながら、今も進化を続けていることがすごいと思います。

私たちCyberAgent Legitは、チーム全体の質感やシンクロ、一人ひとりの個性、そのバランスが強みのチームです。

Taichi Legitは、どのジャンルでもレベルが高いチームです。特にトランジションが上手で、場面の切り替えや作品全体の流れの作り方は、本当に完成度が高いと思っています。

D.LEAGUEで得た手応え

25-26 SEASONのD.LEAGUEでは、BLOCK HYPEでCyberAgent Legitが首位、KOSÉ 8ROCKSが2位に入り、ともにCHAMPIONSHIPへ進出した。チームの中心選手として戦った二人が、それぞれのシーズンを振り返る。

Taichi KOSÉ 8ROCKSとしては、相手を分析し、自分たちの武器をどうぶつけるかという戦い方ができたシーズンでした。最後は負けてしまいましたが、CHAMPIONSHIPでも自信を持って作品を届けることができました。

一番印象に残っているのはROUND.3で披露した「The code -....」です。自分も作品制作に携わり、ファンの皆さんがワクワクするショーを目指しました。責任も大きかったですが、「チームの新しい一面が見られた」と言っていただけたことが、一番嬉しかったです。

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表現の創り手として、自らの世界観を具現化した 🄫D.LEAGUE 25-26

CHAA 今シーズンからルールが大きく変わり、シンクロの精度がより求められる難しいシーズンでした。CHAMPIONSHIPは3位という結果で終わりましたが、もう一度チャレンジャーとして挑もうと、チームの気持ちを一つにするきっかけにもなりました。今シーズンで印象に残っているのはCHAMPIONSHIPの3rd PLACE MATCHで披露した「Echo Beyond Time」です。

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ブレイキンを担う唯一の存在として、挑戦的な役割も担った 🄫D.LEAGUE 25-26

CHAA 今シーズンからブレイキンを担うメンバーが一人になり、挑戦的な役割を任されることが増えました。クランプだけでなく、ブレイキンの一面も見てもらいたいという思いで臨み、自分にとっても大きな挑戦になりました。

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責任感も増し、成長を実感したシーズンを過ごした

ダンサーとして描く、それぞれの未来

それぞれ異なる道を歩みながらも、その先に見据えるのは世界の舞台だ。D.LEAGUEで培った経験を糧に、二人はそれぞれの目標へ向かって挑戦を続けていく。

Taichi ダンスを始めた頃を振り返ると、今いる場所はまったく想像できませんでした。今は本当に不自由なく活動させてもらっているので、その環境には感謝しています。

ただ、バトラーとして、一人のB-BOYとしてはまだまだです。もっとバトルで活躍して、海外にも認知され、大会に呼ばれるような存在になりたいと思っています。

怪我も経験しているので、長く続けられないとも感じています。だからこそ、生きていく上で、自分が幸せだと思えることを続けていきたいです。

B-BOYとしては、「Red Bull BC One」のJAPAN CYPHERで優勝し、まずはワールドファイナルへ出場することが目標です。

CHAA 私のキャリアは、まだまだこれからだと思っています。Legitに入ってからは、本当にいろいろなメンバーから学ぶことが多く、それを自分にしかできないダンスや表現として、今も追求しているところです。

クランプとブレイキンを武器に、もっと世界中の人に自分の名前を知ってもらいたいです。18歳になる年でもあるので、若い世代にもっと影響を与えられる存在になれたらと思っています。

クランプもブレイキンも、私の武器です。 「Red Bull BC One」や「Red Bull Dance Your Style」のようなフリースタイルの大会にも挑戦し、どちらの舞台でも活躍できるダンサーになりたいです。

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Taichi選手プロフィール
2001年福岡県出身。兄の影響でダンスを始め、その後ブレイクダンスチーム「九州男児新鮮組」に加入。日本のみならず世界各国でショーを披露し、「JAPAN DANCE DELIGHT」2連覇、「WORLD OF DANCE」優勝など国内外の大会で数々の実績を残す。個人ではユースオリンピック大陸予選にも出場するなど、高い身体能力と表現力を武器に活躍。2021年に頸椎椎間板ヘルニア、2023年に右膝外側半月板損傷という大きなケガを経験したが、リハビリを経て完全復活を果たした。
CHAA選手プロフィール
2008年埼玉県出身。4歳の時に父親の勧めでダンスを始め、その後クランプとブレイキンを学ぶ。2018年にフランスで開催されたクランプ世界大会「ILLEST」で優勝。翌年にはドイツで開催されたクランプ世界大会「European Buck Session(EBS)」、さらに「UDO WORLD CHAMPIONSHIPS BLACKPOOL 2019」でも優勝するなど、世界を舞台に数々の実績を残している。現在は「JDSF BREAKING」2024年度ユース強化選手に選出されるほか、「Red Bull Under My Wings Team TAISUKE」のメンバーとしても活動している。

text by 井本 佳孝(Yoshitaka Imoto)
photograph by 長田 慶(Kei Osada)

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